ジンバブエ インフラの現実

ジンバブエの話をしていきたいと思います。

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南アフリカとの国境『ベイトブリッジ』から『ブラワヨ』第二の都市方面へ向かった途中に私の目的地『グワンダ』があります。グワンダはとってものどかな田舎町。

この国の経済は、ムガビ大統領の独裁政治によって崩壊状態にあると言われたのが2007年、私が訪問した2009年1月にはいったいどんな状態になっているんだろう。と想像もできません。

そこで友人が見せてくれたのは衝撃的なこれ。





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500億ジンバブエドル札!!!

なにこれ??インフラがこんなに進んでいるのか???
このお札、あまりにインフラが進みすぎてお札の印刷が間に合わず、両面印刷ですが、透かしがない!!

衝撃的です。。。

さらに、恐ろしいことに、このお札はもう何の価値もないということです。
私が訪問した2009年1月時点で、

1USドル=100兆ジンバブエドル




百兆ドルお店に持っていかないとパン一つ買えないのです。

『こんな時代のあったのよ。』と友人が見せてくれたのが…

RIMG1947s.jpg

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ジンバブエは緑豊かな農業、酪農の国でした。
沢山の食品を輸出して、国の経済は安定してました。他のアフリカの国よりも自然の条件は整っていると思います。でも経済が崩壊し、白人を国外追放したり迫害したり、国が機能しなくなって、今は農業も酪農も野ざらし状態です。。。

そのときに良く使っていただろうお札とコインです。


国民は歯向かおうとすれば大統領に押さえつけられ、何も出来ない状態でした。
でもこんな状態でも国民は強くいきなけらばいけない。

生き残る方法は『海外とつながっていること』です。
そして外資を得ることです。
この国で有効なのはUSドルと南アフリカランドです。
ジンバブエ国民の多くが職を捨てて、南アフリカに出稼ぎに出かけています。
そして仕送りで家族が生き延びれるのです。

私の友人は外資の職場なので、大丈夫。
でも旦那さんは学校の先生、公務員でした。
日本で公務員は経済状況に関係なく、安定した給料をもらえますが、ジンバブエは違う。
だって給料がジンバブエドルで支給されるからです

インフレが急速に続き、その当時の彼のお給料は50兆ジンバブエドル。
でも紙幣の価値は下がる一方でUS1ドル=100兆ジンバブエドルとなっていました。

一ヶ月のお給料で『パン』も買えなくなっていたのです。


彼は退職し、今は南アフリカで自動車関連の仕事をしています。
なんとか家族で生きていくことが出来ますが、南アフリカに行く事だってかなり厳しい関門なのです。

人を伝って、なんとかビザを取得しないとジンバブエ人に対するあたりはかなり厳しいものになっていました。

私の友人家族は恵まれたほうかもしれません。
でも、家族がばらばらになって暮らしている、そんなのが当たり前なんて私たち日本人にはあまり考えられません。いつ次にあえるのか、それさえ分からないのです。

でもジンバブエ人は必死に生きようとしていました。
その様子を次回伝えようと思います。


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さて、ディープなアフリカ。ジンバブエ編にうつっていきたいと思います。お楽しみに。

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